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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
風さそう
風さそう
死の座には、白い二方幕が、春の無常と、この夜のあわれを、地上三枚の畳に囲んで、それへ、音もなく坐った人を、宵の星が、見つめていた。
警固の者、検使役、介錯人など、人は邸上にも邸下にも満ちてはいるが、咳声する者はない。
(……明るい夜だの)
何となく、内匠頭は、そう思う。
邸内の灯と、空の星とが、何か自分を迎えている。なるべくは、にこッと、笑顔をもって死んでやりたい。
そんな事も、ふと思うのである。
源五右衛門の顔を一目見たことは、予期していなかった事だけに、最大な欣びであった。眼から眼へと、自分の伝えたい意志はそっくり彼へ預けてしまったように、心がかろくなっていた。
たった、一つの残恨も。
(それさえ……それさえ、家来共に届けば)
と、眼をとじたが、すぐ左右を見て、
『お手数ながら、料紙と硯を』
そして、風にうごく懐紙の耳を、小指で抑えながら、書きながした。
風さそう
花よりもなお
われはまた
春のなごりを
いかにとやせむ
下に置いて、
『もう一儀、最後の御仁恕を仰ぎまする、私、差料の刀を介錯人へおさずけねがいたく、使用後は、そのまま介錯の者へ遣わしたく存じますが』