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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
赤蓼草紙
名水説法
『番の座につけ』
『なんだ、急に』
『俺は、御城まで、行ってくる』
『行ってこい』
『すぐ起きて、役目につけよ。御城はまだ、開いていまい。御城代の大石様をたたき起してくる』
『何かあったのか』
『今日は、十九日だな、たしか』
『そうだ』
『…………』
勘平は、指を折って、日数を繰りながら、
『江戸表の殿様の御大任は、十二、十三、十四、十五、十六日までの五日間。誰もが、御無事にお済ましあるようにと、祈っているところだ。早駕とはおかしい』
『早駕だって』
『胸騒ぎがする』
『おいっ、提灯を持って行かんか』
『馬鹿っ、もう夜明けだ。――御家老の大石殿じゃあるまいし』
草履に足を乗せると、彼は、その巨きな体格にふさわしい大刀を腰に加えて、日々歩き馴れている山笹の小道を、飛ぶように、麓へ駈けて行った。
赤蓼草紙
名水説法
寝ごこちの快い春の暁である。赤穂の城下町はまだ薄暗かった。
波音の静かにきこえる海辺の方には、刈屋城の天守閣が屹然と松の上に沖の海光をうけて聳えていたが、町の辻々には、まだゆうべの闇が澱んでいて、会所の軒行燈にも、ぼんやりと灯が消え残っているし、野良犬の遠い声がいんいん喧しい。