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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

彼の日の黄昏

大目付荘田下総守、大久保権右衛門などと共に、自分は副使として、内匠頭の切腹を見届けるべく、検死の役目をおびてその場に臨んでいたのである。内匠頭が、仄暗い庭の死の座につく迄の一歩一歩から、彼の末期の鬢の毛をなぶる微風のうごき迄を、今もまざまざ覚えている。

その折――そうだ! 年頃は三十五、六と見えた、眉に特徴のある、骨がらの逞しい良い侍だった。内匠頭の家来片岡源五右衛門と名乗って、田村邸のゆるしを得て、庭の物かげに膝まずき、

(一目、主君の最期に、今生の名残りを得させ賜われ――)

と、哀訴して、自分の腸を掻きむしるように、縋って来た者があった。

田村家の主従も、大目付の正使たちも、自分ほどな感動をうけなかったものか、彼の願いは肯かれなかった。然し、武士として――武士の心を酌んでみると、自己の職を賭しても許してやらずにはいられなかった。

(会え)

そう云ってやった時の彼の欣び方は――。哀れとも歓喜とも云いようのない睫毛の一滴の光は、自分も生涯共に、忘れることのできない価値のものだった。

田村邸に於けるその時の処置ばかりではない。当日、江戸城内で、事件直後の紛々として一決しない評議の席でも、吉良上野介の役目上の非行に対して、又、即日切腹というような、片手落な老中たちの議決に対して、面を犯して、敢然と述べるべき議論