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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
矢の倉立ち
『奥で寝ておりまする』
と、低声で云うと、
『えっ、寝て? ……』
疑うような顔をしながら、二人はずかずか弥兵衛老人の居間へ入って行った。
今夜が討入なのだ! 思いぞ積る赤穂浪人が六百五十余日の苦心を、こよいこそ一気に霽らして、亡君の御霊に臣子の赤い血を捧げる晩なのだ!
――だのに、さも心地よげな鼾声が、そこで聞えるではないか。
(呆れた老人)
と云わないばかりに、二人は坐りもせず行燈の下へ眼をやった。この際、炬燵に寝ているのさえ気が知れないのに、七十六歳の老人の脚を、七十歳になる彼の老妻が、一生懸命に按摩しているのである、――二人がそこへ来て突っ立っているのも気づかずに。
『叔父上、叔父上』
九十郎が云うと、初めて、
『おう……』
と老夫婦は一緒に顔を上げて、
『なんじゃ』
と、今更云う。
条右衛門が言葉を継いで、
『一党の方々は、もはや本所林町の安兵衛殿宅と、徳右衛門町の杉野十平次殿の隠れ家と、相生町の前原伊助殿の店と、こう三方の会合所へ向って、それぞれ出立いたしましたぞ。――御承知ですか、叔父上は』
『知らないでか、その方々の半分は、ここで祝盃を酌んで立ったのじゃ。