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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
香炉心
そこへ、潮田又之丞が、逃げた駕籠屋を連れもどして来た。三名のよろこびは、これで、さしも執念ぶかい千坂の隠密共も、もう、これ以上の疑惑は無駄だということに一致して、吉良家へも、その報告をするであろうということであった。
『堀部、奥田、不破、原などの方々へも、今の盤石のような御忍苦を、見せてやりとうござりまする。……いや、その方々も、今宵は、寺井玄渓の宅に集って、今頃は、凝議の最中、吾々はそちらへ参ります故、ではここで』
と、三名は、ふたたび駕籠を離れて、べつな途を急いだ。
香炉心
琴の音が、奥でしていた。
山科の家へ帰ると、
『お帰りあそばしませ』
主税が出て、久しぶりな父を迎えた。
この春、元服して、名乗も良金となった主税は、もう見事な青年ぶりであった。
『留守中、来客は』
『原様、不破様が度々のお越し』
『うむ、それは存じておる』
『又、江戸表より、堀部安兵衛様』
『いつ見えたか』
『二十九日、お着きの由にござりましたが、お見え遊ばしたのは、昨日』
『それだけか』
『ほかに、さしたるお方は』
奥へ歩いてゆくうちに、内蔵助は、冬野のような淋しさにつつまれた――妻の声がしない、母乳の香がしない。