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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

牡丹の使い

一

牡丹の使い

一

冷たい円座に身を置き、冷たい机に肱をよせ、範宴は何かの筆を執っていたが、その筆を投げるようにおいて眼をとじた。眉に一すじの針が立つ。

かろく頭をふりうごかしている。そしてまた、筆を執った。

「…………」無我になろうとする、無想の境にはいろうとする、写経の一字一字に、筆の穂に、あらゆる精をこめて――雑念を捨てて――

怖いような横顔であった。筆の軸にかけている指の節々にさえ異様なものがこもっているように見える。

「……少僧都様、御門跡様、御写経中を恐れいりまするがちと申し上げまする」

坊官の木幡民部である。最前からうしろに両手をつかえて機を見ているのであったが、容易に範宴の耳に入らないらしい。――で、少しすり寄って畏る畏るこういうと、

「何か」と、範宴は顔を向けた。きっと射るような眼を向けた。

「お客殿に、あまり永うお待たせ申し上げておりますが」

「誰が?」と、考えるようにいう。

これには民部もちょっと意外な面指を示した。花山院の公達がいつぞやの僧正の件についての礼に来ているということはもう半刻も前に取次いであるのに――と思ったが、もういちど改めて、