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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

三

そうして今は何か一すじに求めんとするものへ向って、夜ごとにこの大乗院を出ては、朝になると帰ってくる彼であった。

「今夜こそ、そっと、お後を尾けて行ってみよう」尋有は、兄の行動を、半ばは信じ、半ばは世間のいう悪評にもひかれて、もしやという疑いをふと抱いた。

三

その晩、尋有は先に臥床を出て、大乗院の外に忍んでいた。

ぽつ――と冷たいものが頬にあたった。雨である。しかし、雲が明るい、綿のような雲が翔けている。

「降らねばよいが」夜ごとにこの闇を歩む兄の身を思いやって祈るのだった。

静かな跫音が今山門を出て行った。範宴である。勿論気づいているはずはない、尋有はその後から見え隠れに兄の影を追って行くのだった。

昼ですら危険の多い横川の谷間を、範宴は、闇を衝いて下って行く。なにか、赫々とした目的でもあるような足だ。むしろ尋有のほうが遅れがちなのである。

渓流にそって、道は白川へ展けている。そのころから風が変って、耳を奪うような北山颪に、大粒な雨がまじって、顔を打つ、衣を打つ。

すさまじい空になった。黒い雨雲がちぎれて飛ぶ間に、月の端が、不意に顔を出すかと思うと、一瞬にまたまっ暗になった。