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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

机にふる雪

一

「しっ……あまり声高に何か申されぬがよい。番人の耳へでも入って代官の年景に告げ口されたら、これ以上、酷い所へ移されようも知れぬ」

松の――皮の付いたままの柱に、粗雑な茅を葺き、板壁は少部分で、出入口は裏も表も薦を垂れているに過ぎない。

雨でも降れば、廂の下の竹簀子は元よりのこと、奥の床まで吹きこむので、身の置き所もない庵室だった。

ここは、越後国の国府で竹内という土地だった。都から遠くながされてきた流人善信の師弟は、もう二年の歳月をここに送っていた。

領送使右衛門尉兼秋は、善信の一行をここへ送りとどけると、国府の代官萩原年景へ、当然、その身がらを渡して、すぐ都へ還ったのである。

(――飛んだ厄介者が来おった)年景は、つぶやいた。

越後の文化は、都と比較にならないほど遅れていた。したがって、人間は粗野であり、学問はうとまれ、ただ、権力だけが、なによりも絶対的な威力をもってものをいう。

代官の萩原年景は、その権力をここで握っている男だった。強慾でわがままで、都の顕官などよりは、はるかに威張っていた。

(なに、あれが噂にきいた、念仏僧の善信なのか。おれは念仏など大っ嫌いだ。