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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

生信房は、ザブザブと腰の辺まで水に入って、湖をすべってゆく流人船へ手を振りあげた。

机にふる雪

一

ひゅうっ――と風の翔けてゆくたびに、万樹は、身ぶるいをし、木の葉が、雨のように天地に舞う。

日が暮れると、裏日本の海は、漆のような闇につつまれるが、月のある夜は、物凄い青味をもって、ここの廂の下から望まれるのであった。

「曇ってきたなあ」弟子のひとりは、あまりの淋しさに、声を出してこういった。

庵室の中で、しきりと、さっきから燧打石を摩っていたべつな僧が、舌打ちして、

「だめだ、いくら骨を折って、明りを燈そうとしても、こう風がひどくては、ひとときも灯が持っていやしない」

「やめたがいいだろう」

「でも……闇では」

「そのうちに、月がのぼるよ。――月明りで間に合せておいたほうがいい」

「ところが、あいにくと、今夜は時雨雲だ」

「この庵の北口が、垂れ薦でなく、せめてどんなでもよいから板戸であったら、風も防げるし、夜もすこしは暖かに眠れるのだがなあ……」

「もう夏のころから、願書を出してあるが、あの依怙地な代官の萩原年景が、今もって、許すとはいわぬ。――これでは獄舎よりもひどい住居じゃ」