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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

公儀に手数をかけずに、とにかく、城を明け渡してからという穏当派の主体は、大野九郎兵衛であった。

『まあ少し、冷静に返ってみては何うじゃな。お互いが、いわばこの際は、逆上っている。炎から一歩退いてみるも、必要じゃないかの』

と、彼は世故に馴れた落着をもって、凄じい顔つきの人々へ水をかけるように云う。

『老台のおことばにも、一理はある』

と内蔵助も又、敢て、その常識論に、反対はしない。

然し、肯こうはずのないのが、血気派だった。頑然と首を振る。額にすじを走らせて、それを大野の狡智である、臆病である、又いやしむべき武人の態度だと罵って、

『逆上っているとは何事だ。この主家の大凶事に、冷然としていられぬことは、決して恥ではない。城受取りの寄手をひきうけて、三世の御恩顧に酬ゆる以外に吾々の存念はないのだ。臆病者は、退席しろっ』

と、満座に悲壮な気を漲らすのであった。

それに対しても、内蔵助は、顔いろでうなずきを見せている。この家老は、果してどッちなのか。確かな信条をもっているのだろうかと疑う者のあったのは当然である、むしろ九郎兵衛の、はっきりした態度に好意をもつ傾きの方が濃くて、席の大半を、その派が占めていた。