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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

と、八十右衛門は上り框に腰かけた儘、そこの大土間に山と積まれてある荷物をながめていた。

『さすがに、心がけの違った男だ。惜しむらくは、大野九郎兵衛、なぜ町人に生れなかったかだ』

茶碗の酒をのみほして、

『ああ、よい心もちになった。大津屋』

『へい』

『この荷梱は、一箇でも、船積みすることは成らんぞ。土蔵のほうにあるという伜の郡右衛門の家財も同様、何と云って参っても、渡しては相成らん』

『とんでもない事を、左様なことは、私共、町人には言い張れません』

『安心せい。原の弟、岡島八十右衛門がそう云ったと断れ。強って欲くば、大石殿のおゆるしの上でと申せ』

『どうも、迷惑仕ります。先は、御家老だし、御子息はあの通りな郡右衛門様。そんな事を申したら手前共が無礼討にされるかも知れません』

『はははは。その前に、俺が、九郎兵衛を封じて来る。今日の彼奴の態度といい、又、このような抜け目ない手廻しといい、いわゆる、武士にして武士道を阻めるものだ。風上に置けぬ人間だ。――それだけでも癪に障ってたまらないのに、彼奴め、自分の非をわすれて、先頃、お金蔵の金子が台帳と少々合わないのを楯に取って、この八十右衛門が着服でもしたようなことを世間へ云ったという噂も耳に入っておる。