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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
高田郡兵衛
半弓
『こんどの機を外すと、その次には、上野介の隠居願いが聞き届けられて、世上の噂どおり、彼の身は上杉家に引取られて、遠く、米沢城の奥まったところへ死ぬまで匿まわれてしまうやも計り難いぞよ。そうなったが最後、もう、百人はおろか、千人でも手は届かぬのだ。よし又、左様なことがないにしても、あの年齢、ふと風邪でもひかれて死なれて見さっしゃい。おぬし等は、何の面目あって、白日の下を歩けるか。いや、この御墓前へ二度とまみえ奉る顔があるか』
その時、余りに長いので様子を見に来たのであろう。連れの二、三名が、樹蔭から顔をだして、
『堀部。――無人殿はまだそこに居られるのか』
と、呶鳴った。
無人は、やっと立って、
『すんだ、いま参る』
『一同が、待ちかねています』
『だから、待たんでよいと、断っておいたではないか』
飽くまで剛骨な老人ではあった。
高田郡兵衛
半弓
赤い弁慶蟹が一匹、悠々、橋の上を横にあるいている。外濠の水は、ぶつぶつ沸き立って、午過ぎから日盛りの間の一刻は、呉服橋の往来も暫く休みのようなすがたになる。
いつも極って、その刻限というと、片手に小桶を提げた蒲焼屋の若い者が、溶ける物でも運んで行くように駈けて、呉服橋内の吉良家の台所門へ入って行った。