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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

ここは伏見だな、船頭さん』

『そうだよ、伏見だ』

『降りるぜ』

合羽を翻えして、陸へ跳びあがった。

それと前後して、潮田、武林、小野寺の三名も、

『降りるか』

『降りよう』

眼くばせして、陸の人になっていた。

撞木町の升屋の提灯をさげた若い者が、駕籠を連ねて、迎えに出ていた。妓たちは、それへ乗ったが、内蔵助は、酔眼をみはって、

『何……駕籠へ乗れとか。……よそう、夕霧の顔見るまでの途中が、申さば待座敷の娯しみ、まして、このよい春の宵を』

と、扇子で、手拍子をとりながら、よろよろと、歩み出して行く。

仲居と、竹之丞と、そして升屋の提灯が一つ、彼の影を囲んで、

『浮様、お徒歩いなされますか』

『知れたこと、この酔い心地と、この朧夜を、窮屈な駕籠などとは勿体ない。……竹之丞、口三味をせい』

『何か、おうたいなされますか』

『隆達節かな』

『それよりは、浮様の御自作、里げしきは』

『ウム、稽古しょうか。……暗やみ稽古じゃ』

竹之丞が、口三味線で、合の手を入れると――

ふけて廓の

よそおい見れば

宵のともし灯うちそむき寝の

夢の花さえ

散らすあらしの誘い来て

閨を連れだすつれ人男

よそのさらばも尚あわれにて