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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

良人のそういう眼には、言葉とは反対な慈悲に満ちた、遠い思慮が、底の見えない湖のように澄んでいるのだった。女には測り難いものを深く湛えて。

『是非もござりませぬ……』

畳へ両手を落して、お陸がそう云うと、良人は、頷いたようであった。――然し、悲しい事ではあった。女として母として、死ぬより辛い思いが胸を突き抜ける。

唯、良人を信じるほかはない。――いや今日までもこの良人に対して、お陸は、微塵も疑ぐったことはなかった。この信念を、なぜ一刻でも胸から放したか。

自分を叱り、自分を励ましながら、彼女は、涙を拭いて立った。奥のほうで大三郎が眼をさましたとみえ、乳房を求めて泣きぬいている。――

主税は、低く垂れた頸と肩を、膝に突いた石のような手でささえたまま、

『父上! ……』

濡れた眦を内蔵助の顔へ上げた。

『主税――』

と、父の声は重く静かである。

『其方は、父の処置を、恨むか』

『いいえ』

主税は、顔を横に振った。涙が、顔の左右へこぼれた。

『父が、この頃の遊蕩三昧、其方は、意見したいとおもわぬか』

『いいえ。……なされませ。主税はよろこんで居りまする』

『ふム。……わしの子じゃ。