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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

内匠頭は、上野介の姿をさがした。

人混みの中に、黒の素袍姿が、佇立んでいる。そっと側へ行って、

『吉良どの。……吉良どのに伺いまする』

上野介は、そら耳をよそおって、ついと歩みかけた。思わず、素袍の袖に手が伸びて、

『あいや』

ぐらっと、内匠頭は、こめかみに焼鏝を当てたような眩いを感じた。口腔の渇いているせいか、声が、かすれていた。

『――暫く!』

『な、なんじゃ!』

自分の袖に、眼を落した。内匠頭は、はっと手を退いて、

『お教えを仰ぎまする。御三卿お迎えの節には、大玄関の御箱壇にて礼をいたしまするか、それとも、御石段まで下って辞儀をいたしまするか。着座の作法、心得ませぬ。何とぞ、御指南のほど願わしゅう存じまする』

手をついて、一息に云った。感情と、理性とが、しどろだった。舌は、針をいっぱいに含んでいるように痛い、熱い耳朶には、自分の声すらも聞えない心地がする。

上野介は何か、快味にくすぐられて薄く笑った。つい今の、内匠頭の態度は、内心、彼の胸を十分に憤らしていた。見ておれと、思っていた機会が、すぐ来たのだ。彼は、ばしっと、扇子で自分の掌を打った。

『役目と存じて、何事にも、唯々と返辞をして居れば、よい気になって、果しもない譫言まで問わっしゃる。