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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

奥田孫太夫も横を向いて素知らぬ顔つきである。

『誰だ、不思議な人間とは?』

ひとりが云うと、ひとりが云った。

『見ろ、彼方からニヤついて来る男を。――裏切者の高田郡兵衛ではないか』

『ム、成程』

その囁きを耳にしたとみえ、いつのまにか弥兵衛老人は駕を降りて、列のわきへ出ていた。

『郡兵衛殿じゃないか。おい、高田、高田』

呼びかけられて欲しかったように、高田郡兵衛は、笑顔をつくりながら、すぐ路傍から寄って来て、

『やあ、これは御老人も、御一同も、首尾よく御本懐を』

『見られよ、郡兵衛殿、いずれもかように一念を遂げ、上野介殿の首級を泉岳寺へ持参する途中でござる。貴公は又、何用あって、この雪解のなかを、御苦労にもうろうろ歩いておられるのか』

『さらば、やむを得ぬ一身上の都合の為、各※(二の字点、1-2-22)と袂をわかって、余生をむさぼり居るものの、蔭ながら、一日もはやく、方々が御本意を達せらるるようにと、拙者はここ十数日、毎朝、三田八幡へ参詣しておりますので、今もその帰り途なので――』

『ほう、では、品川の朝帰りではなかったのか』

『滅相もない事。――やれやれ、御一党の晴れがましい御引揚げを見、郡兵衛も、頂上至極、こんな欣ばしいことはござらぬ』