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みなもとよりとも

源頼朝

吉川 英治

「朝日新聞」1940(昭和15)年1月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 306,118 字 · 613 页

青空文庫

五

一心、お髪をお惜しみなされませよ」

「……うん」

頼朝は頷いた。

禅尼から、出家せよといわれればそれにもはいと答え、源吾盛安から髪を惜しみ給えといわれれば、それにも彼はうんと頷いた。

諺にも、

人を捕る淵音もせぬ

という。

彼は素直な子には違いなかった。

五

その時、中門のほとりで、大声でどなる者があった。

「佐殿には、何を猶予しておられるぞ。はやお出ましなされ。時刻でござる。――急ぎ候え」

護送の検視役、平季通の組下であろう。仮借をしない声である。

下屋の裡で、髪を上げていた頼朝は、

「乳母、もうよい」

と、比企の局が、名残り惜しげに、いつまでも梳でつけている櫛の手の下から、やにわに、癇を起したように立った。

そして、局や叔父の祐範などが、自分のために泣いている体を見やって、

「なぜ泣く」

と咎めるように云った。

「――常人の配所へ流されるのは、悲しみかも知れぬが、頼朝のきょうの門立ちは、稀代な吉日と、欣んでよいはずではないか」

三名の者は、そう云われて、心に持たない所をふいに打たれでもしたように、ハッと涙の顔を醒ましたが、その時もう頼朝のうしろ姿は、下屋を出て、大股に、彼方の人群れのうちへ入って行った。