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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
孔雀明王
一
柿いろの笹袿に、黒い脛巾を穿いて、頭には兜巾を当て、足には八ツ目の草鞋をきびしく固めている。
いうまでもなく優婆塞の一人である、同じ姿の山伏が、そこから切ッ立てに聳えている岩の上にも一人突ッ立っていた。それは、笈を負い、手に半弓を掻い挟んで、じっと、麓の道をさっきから見すましているのだった。
「小川坊っ、まだ見えないか」下の者がいうと、
「まだ!」と、上の山伏は頭を振る。しばらくしてまた、
「おウウい」
「なんじゃ」
「甲賀坊は、どうしたか」
「あれか、甲賀坊は、万一の場合にと、筑波の野武士を狩り集めに行った。そう、人数はいるまいと思うが、水も洩らさぬ手配はしておいたほうがいい。……やがてもうその甲賀坊も戻ってこようが」
「そうか、ではそこの見張りは、しかと頼むぞ」
「峠の者こそ、抜かるなといってくれ」乾からびた笑い声をながして、下の者は、すたすたと胸突坂を登って行った。すると、不意に、
「常陸坊」と、高き松の樹の上から誰かが呼びとめる。
振り仰ぐと、その樹の上にも、一人の山伏が、蝉のように止まって物見をしていた。
「オオ、なんだ」
「まだ来ぬか――親鸞は」
「物見の役が、人にものを訊くのはおかしい。