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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
三
――また、私も永い年月、どんな辛抱しても、うちの良人が真人間になってくれるよう、そして、世間のよい夫婦のよう、行く末に、今日の辛さや悲しみも、語り草にしてと思うて参りましたが……もうこのごろはその望みも持てなくなりました。身には生傷が絶えません、心には、暗いものがとれません、明けても暮れても眼を泣き腫らしているようでは、うちの良人の気持も荒ぶばかりでございます。所詮、二人が一つ軒下に添っているのは、この世ながらの地獄を作っているようなもの、あの人のためにも、疲れた、私の身にも、尼になるのが、いちばんよい道だと存じます。どうぞ、お慈悲と思うて、お剃刀をいただかせてくださいませ」
「うむ、一応はご無理のないおたのみじゃが、しかしの、外の姿は尼と変えても、心のすがたをなんで変える」
「え……」
「黒髪を剃ろしただけでは、心のすがたまで変えたとはいわれぬ。真実、今いうたようなお内儀の心ならば、まず黒髪はいつでもよい、なぜ、その心から先に変えようとはなさらぬか」
「お教えくださいまし、それが分れば、私は、お上人さまの仰っしゃるとおりに行います」
「よういわれた。真、御仏に仕えようというご発心ならば、いつも親鸞が申すとおり、朝念暮念、ただ念仏を忘れぬことです。