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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

二

「お酒はもうございませぬ、それよりも、もうお寝みなさいませ」臥床へ夜具をしきかけると、その顔をかすめて、いきなり一枚の小皿が飛んできた。小皿は、幸いに彼女の顔へはあたらなかったが、うしろの壁へぶつかって、烈しい音と共に、粉になって砕けた。

「この嘘つきめ」と、平次郎は険しい顔を向けてわめいた。

お吉は、何を怒られたのかちょっとわからなかった。その、呆っ気にとられたような顔がまた、酒乱の良人の気持をさらに焦だてたものらしく、

「たった今、いくらでも酒は買ってあるから安心して飲めと吐かしやがって、もう無えとは、なんのいい草だ」突っ立ってくると、何を云いわけする間もなかった。もっとも、こんな場合、云いわけをすることは、よけいに良人の兇暴癖を募らせるものであることもお吉はよく知っている。

「畜生っ」黒髪をつかんで、平次郎は妻の体を前へぐっと引いた。そして、左右に振り廻したと思うと、烈しく、平手で妻の横顔をなぐった。

「……あっ、か、かんにんして下さい」

お吉は、それだけしかいわなかった。平次郎は、睨めすえて、

「すべためッ」自身も息がきれたのであろう、肩で大きく息を吐いて、しばらく、拳をかためていたが、酔いにたえかねたものとみえ、彼女の敷きかけている蒲団のうえに斃れると、そのまま、野獣のように、大きな鼾をかいて眠ってしまっ