轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
唖の世
一
唖の世
一
空地が半分以上も占めている六条の延寿院附近は、千種町というのが正しいのであるが、京の者は、源氏町と俗に称んだり、また、平家方の雑人たちになると、
「牛糞町」などといって、振わない門族の果てを、住宅地の呼び名にまで嘲侮することを忘れなかった。
若狭守範綱は、そこに住んでいた。源氏ではないが、院の歌所の寄人たちの官舎は、昔からその地域内にあるのだからしかたがなかった。
なぜ、この辺を牛糞町というかというに、人間の住む地域に、
「六条お牛場」というのが割り込んでいて、汚い牛飼長屋だの、牛小屋だのが、部落みたいに散在している上に、空地には野放しの牛が、白いのだの、斑だの、茶だの、随所に草を喰っていて、うッかり歩くと、文字どおり、豊富な牛糞を踏みつけるからであった。
だから、秋になっても、なかなか蠅が減らなかった。歌人である範綱朝臣は、永く住み馴れた邸ではあったが、それでも時々、
(蠅のいないところに住んでみたい――)と、つくづく思うくらいだった。
しかし保元、平治以来の戦つづきに、歌人などは、まったく、無用の長物と忘れ去られて、ことに、為政者の眼からは、