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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
二
それは、上人が、叡山の大衆に対して、誤解をとくために送ろうとするものであった。言々、血涙の声だった。
ひたすらに、自己を責め、自己の不徳のいたすところであると上人はいっている。同時に、念仏門の真意は決して、とかくに臆測され、疑われ、邪視されているようなものではなく、浄土の行のほかに何らの他意のないことも縷々として述べている。
なお、他に、七箇条の起請文を書かせて、翌る日、
「火急のことあり、禅房までお越し候え」と、門下のすべての者へ、使いをやって、告げた。
「何事」と、朝から、続々と、禅房の門には人々が集まってきた。
上人は、前の日、認めさせた起請文を一同へ示して、
「法然と同心の者は、これへ、連判なされたい」といった。ある者は、一読して、
「これは叡山に対する降伏状にひとしいものではないか」と蔭へ来て、無念そうな唇を噛んだ。ある者は、また、
「あまりなご謙譲だ」と、壁の隅へ来て、落涙するものもあった。
七箇条の誓文と、叡山へ送る一文には、法敵を責めている論争は一つもない。ただもう自己の謹慎を述べて、彼の疑いを一掃しようとするものであった。人々が、残念がるのもむりはなかった。