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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

十一

というものの上から、難を拾いあげて、徹底的に、吉水へ向って、最後のとどめを刺そうとしてきたのであった。

十一

――だが、しかし。一方に、打倒念仏の猛運動が起れば、一方にもまた、念仏の支持者も社会に少なくはなかった。

「吉水の上人は、何を聞いても、よそごとのように聞き流しておられるが」と、心痛している人々が、意外なところに多かった。

わけても、朝廷には今、叡山の訴状が出ているし、南都の衆僧からも、念仏悪の罪状をかぞえて、その弾圧を、廟議に建言している際なので、

(この両方の訴えを、取り上げたものか否か)という問題は、毎日のように、堂上の朝臣たちの政議にのぼっていた。

京極摂政師実の孫――大炊御門経宗とか、花山院の左大臣兼雅とか、京極大夫隆信とか、民部卿範光、兵部卿基経などという人々は、日ごろから、法然に帰依している人たちであるしまた政治的にも、

「言論の上ならばともかく、ただ新しい宗教を排斥するための強訴や誹謗は、これを御政治にとりあげて、軽率に、主権の御発動を仰ぐべきでない」という意見を持って、廟議にのぞんでいた。

もちろん、ここにも、叡山に加担する公卿や、南都の云い分や、明慧上人の学説に共鳴する者は少なくないので、二つの思潮は、二つの政治的な分野にもわかれ、いつも、激論に終ってしまった。