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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

城下へ出てくる時には、いつも陣笠に馬乗りで、馬の背には、自分の菜園で作った芋や人参牛蒡をくくりつけて来て、それはいつも泊ると極めている内蔵助の家への土産物とする。

彼が泊る夜は、二人は、役柄を脱いでよく話した。内蔵助も酒をたしなむし、忠左衛門も好ける口である。べつにこうと云って改まって心を打明けたというではないが、内蔵助の性格を或る程度まで覗いているのは忠左衛門であったし、忠左衛門が加東郡の田舎代官だけの人物か否か、その奥行をかなり深く見ている者は、内蔵助よりほかになかった。

いわゆる、許し合っている心友であった。

内蔵助が今、彼の姿を見たとたんに、何かほろりと弱い感情に揺すりあげられたのは、そのせいであろう。

『待っていた……』

そう云って、忠左衛門と対した時には、すでに、この大危局を肩にのせて、巌か人間かのように坐っている国家老の内蔵助ではあったが――。

『何もいえん……。何もいえん……』

忠左衛門はそう云ったきりで、後は凝と、畳のひと所を睨んでいた。

『何よりは、お家の禍を領民の禍にまでしとうないと存じて、たった今、藩札引換えの急策を立てたばかりのところでござる』