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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

縁あらば、戦場でお目にかかれるやも知れぬ』

と云って、すたすたと敵の陣地を通って来たのだった。うしろで愉快そうに笑った姫路藩の将の声が、まだ耳に残っている。

『見える! 見える』

こんどは喜兵衛の方で指さした。――赤穂の城下である。千種川である。御崎の磯である。

ふたりの足は早くなった。

麓へ出る。やがて、千種川の河原だった。

『せがれ。休もう』

喜兵衛は石の上に腰かけた。さすがに、百六十里のあいだを張りつめてきたものが、ほっと息づいているらしく見える。手拭をつかんで、助骨の汗を拭っていた。

『さて、三太夫』

『はっ』

『そちは、ここで帰れ』

『えっ?』

『帰れ、江戸表へ』

三太夫は心外な顔をして、膝を折って、父へ詰め寄った。

『それでは、お約束がちがいまする』

『どうしても連れて行けいと申す故、そちの熱意に負けて、ここまでは同行したが、足一度、御城下に入れば、もう帰るよしもない。この川が境だ。――思い直して、江戸表に帰れ。わしに代って、老母の孝養をたのむ。弱い弟の面倒を見てやってくれい』

『意外なことを仰しゃいます。母上や弟とも、すでに、今生の別れをして参ったのではございませぬか。