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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『御帰国ならば、どうせ通り道、なぜ京都表の拙宅へ、立ち寄ってくれなんだか』

十内が云うと、喜兵衛が、

『いや、とうに御留守居は、引き払ったという沙汰じゃったで』

『なんの、朝廷の御膝下に住居するものが、そう周章ふためいて、夜逃げのように出立がなるものか。後始末やら、堂上衆への挨拶やら、やっと、滞おりなく了えたので駈けつけてきたような有様じゃ――。ところで、お汝等は、何しておらるるのじゃ、三太夫殿を叱っているような様子だが』

『さればよ』

と、老人同士である。喜兵衛はよい相手に行き会ったように仔細を話した。すると一言の下に、

『それや、親父のほうがいかんわ。わしは三太夫殿に加担する、連れて行ってやんなさい』

と、十内は云うのである。

十内と喜兵衛とは、同じ六十歳だった。又、十内の養子の小野寺幸右衛門も、三太夫と一つちがいの二十八歳で、まだ部屋住ではあるが、藩の向背に依って、殉死にも、籠城にも、加わらせる考えでいると云ったので、喜兵衛はもう我意を張るわけにゆかなかった。

『喜兵衛殿は、よい子を持って、藩の人々へも顔向けがよいぞよ。さあ、参ろう、三太夫殿。若い者は使えじゃ、わしが馬の口輪を持ってくれ、泣き顔持って御城下へ入ったら笑わるるぞ』