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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『うそをいえ』

八十右衛門の笑い声には、城内で一同と酌んだ酒のにおいが残っていた。

『何も、遠慮せんでもいいわさ。こういう一国の急変には、物資がうごく、物資がうごけば町人は儲かる。すこしも、憚るには当らんじゃないか。武士は武士、町人は町人、自からの立場がある。正道を踏むというのは、その立場に揺ぎや誤魔化しのないことを云うのだ』

『御尤もで……』

『この際、町人は町人道を守ればよい。武士には又、武士の態度がある。俺は思うのだ、百姓でも、町人でも、その道の職に成り切っている奴が一番偉いと』

『では、町人は、儲けてもかまいませんか』

『ただし、不義、暴利は成らんぞ。正しく儲けろ。これから先も、他から領主の国入がある。祝事がある、人心が一新する、随分、其方たちにはよい風向だ』

『何か、皮肉を云われているような気がいたしますな』

『ははは。案外、貴様も正直者だな。浜へ参ったのも、商用であろうが』

『所が、つまらない頼まれ事で、多年の御縁もあること故、いやとも云えず、町人共も、この騒動では随分、ただ奉公もいたして居ります』

『藩の御用か』

『藩の御用なれば、たとえ、どう損がゆこうと身を粉にしようと、愚痴などは申しませぬが、あの吝い大野様からの吩咐けなので』