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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
あまりいうな』
『目先の利いた奴ですな』
『褒めるわけにもゆくまい』
郡右衛門は、酒瓶を上げて、
『酒がないぞ』
『待て待て』
『もう、およろしいので?』
『いや――』
と、耳を澄まして、
『なんじゃ。誰か、表門を叩いておるようではないか』
『大津屋でしょう』
『あれなら、裏門から来るはずだ』
『…………』
今夜の立退は、家中には勿論、町の者にもかたく秘密にしていたのである。疚しいものが九郎兵衛の気を弱くしていた。郡右衛門もぎょっとした。
門を叩いている音は漸々激しくなる。ただの訪問者ではないことはすぐ分った。大きな閂が揺れているのだ。
『開けろっ! 留守ではあるまい、大野九郎兵衛に会おう!』
たった今、噂をしていた原の弟の声にまちがいない。岡島八十右衛門なのだ。九郎兵衛は酔のさめた顔をしてその部屋から歩みだした。
『およしなさい、父上』
郡右衛門はあわてて父の袂をつかんだ。九郎兵衛は、眼をすくめて、
『会やせん……。誰が……』
と、呟いた。
二人は、玄関の出窓へ行って、そっと外を覗いた。門を跳り越えて来たらと、あらかじめの隠れ場所も、その間に考えていなければならない。
八十右衛門は、隣り屋敷まで鳴り響くような声で、呶鳴っていた。