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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

近所の商家の内儀に、乳をもらっていた』

『主が主なれば、乳母も乳母だな。八十右衛門も罪なことをする』

耳に挾んだとみえて、内蔵助が一室から振り向いて云った。

『杉野、その子を寺へ抱いて来て、守してやれ』

『九郎兵衛の孫でござるが』

『わかっておる。その嬰児とて、亡君の御恩のかかった者の一人じゃ』

杉野が、本堂の階段を降りて大胯に出て行ったと思うと、すぐ、あわただしく戻って来て、

『御家老、御家老。江戸表の面々が見えましたぞ』

『誰が? ――』

と、内蔵助は内陣の脇の部屋から山門の方へ眼をやった。

浅黒い顔が三つ、逞しい肩をならべて真ッ直に本堂へ向って来るのが見える。

右の端が、堀部安兵衛、中に奥田孫太夫、左に立って来るのが高田郡兵衛で、もう此方の人々の顔を認め、やあ、と云いたそうに階段の下へ来た。

内蔵助は、咄嗟に、

(来たな)

という面持であった。

取次の右衛門七へ、

『通せ』

と、その声も無表情である。

先に江戸表から来た村松喜兵衛や、片岡、磯貝などから、この三名の消息はつたわっている。まだ江戸表に残っている安兵衛の養父堀部弥兵衛老人からも、きびしい文面をつい二、三日前にうけ取っていたばかりのところ。