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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
あわれ、いささかなりとも、御寛恕の一片を、大学様に、御垂徳くだし置かれますれば、地下万代御高恩を仰ぎ忘れは仕りませぬ。諄くも懇願申し奉ること大罪と恐れ入りまするなれど、何とぞ、お心のうちにおとめ置き賜わりまするように』
あたりに附添って、手をつかえている藩士達は、内蔵助の静かなその声に打たれて、泣くまいとするほど瞼が支えきれなかった。
依然として二人の使者は無言を守っている。歩みだしてから、
『内蔵助の申し条、臣として、余儀ないことに思われる』
と、低く一言洩らした。
だが――その夜、十左衛門から内蔵助へ招きがあって、
『御心底、篤と、今日拝見しました。諸事、お見事であった。帰府の上は、上聞にも及ぶでござろう』
と云った。
大学の名は口にしなかったが、十左衛門の心は動かし得た。
翌十九日は、いよいよ、城との別れの日である。荒木十左衛門の旅舎を出た内蔵助は、すぐ城へ引っ返した。持々の場所に夜を明かして、警備している藩士たちへ、
『こよい一夜は、まだ亡君のお城でござるぞ。御門、火気、おぬかりあるな』
と励まして廻った。
やがて夜も明け方に近いかと思われる頃、遙かに貝の音が聞え渡った。