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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
もう、人生の定命を生き越えている私たちではありませぬか、両家の為に二人の子のために』
『うるさいっ……』
『…………』
『死ぬなら、其方だけで死ね』
『私の生命で済むものならば、笑って死んで参ります』
『世間が誹るとあれば、なお死なぬ、赤穂の浪人共が、狙うとあらば、意地でも生きてみせる。わしは、元来が、そういう依怙地に出来ている人間じゃ。自害などしたら、奴等が、こぞって、手を拍って嘲笑おう。それが、いやだ、無念だ』
『御卑怯でございましょう』
『なにっ』
ぴしっと、頬でも打ったような音がした。富子の低い嗚咽が、その後で、いつ迄も、啜り泣いている。
もう部屋の中は暗かった。燭も、今夜は点かないのである。仮面のように硬ばっている上野介の顔の周りで、蚊ばしらが唸っていた。
部屋の外から明りが流れて来た。提灯を持った近習の者と、家老の左右田孫兵衛とが、静かに膝をついて云う――
『それでは、御移居あそばすように』
十一の影
外濠の暗い河面に、伝馬船が一艘、提灯の明りをまたたかせて、繋っていた。
すぐ河岸に近い吉良家の通用門から駈け出して来た侍が、岸から小声で、
『お出まし』
と云うと、艫にかたまっていた四、五名の侍たちが、一せいに起って、両河岸を見廻した。