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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

済まないが、一足先きに行ってくれないか、宿を定めておいて、晩方、落ち合おう』

『誰だ、あの仁は?』

『兄も世話になっているし、拙者も、以前、小笠原家へ推挙をうけたことのある御旗本の内田勘解由殿だ』

『そうか、では、先に参って居る』

定めた宿へ、二人は先に草鞋を解いていた。

とっぷりと暮れてから、もうみえないかと思った郡兵衛は、元気に、戻って来た。

食事は、内田父娘の者と、べつな宿でして来たという。しきりとそれからは、郡兵衛の雑談が弾んだ。旅へ出て、初めて旅らしい快活な晩を三名とも味わった。

江戸迄も、その明るさはつづいた。然し、江戸へ帰ってからの郡兵衛は、それ限り誰にも顔を見せなかった。

山科にいる内蔵助の旨をうけて、原惣右衛門が下向したのは、それから間もない後の事である。

勿論、惣右衛門の下向は、主家没落以来の憤恨の火の手を、いちど、消し伏せるためだった。在府組の激越な気勢を、遠くから眺めている内蔵助は、その火があぶなくて、放って措けない危惧を感じだしたのである。その火消し役も、なみな者では、却って火を大きくしてしまうか、収拾のつかない結果にしてしまう惧れがある。