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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

私人の忌み日に、こだわって居る筈はない。万一の備えに、お料理は、二通りに用意しておいたら如何であろうか』

『うむ――』

沈黙から晴れて、内匠頭が、大きく頷いた。

『そうせい。そうせい』

大台所は、裃の武士と、糊の硬い法被を着た小者たちで、戦場のように、庖丁が光った。賄所の裏門からは、何度となく、馬が駈け、馬が帰ってくる。

そうした混雑が、ほっと済んだ一瞬に、勅使の行列が、あやうくも伝奏屋敷の門に着いた。

『嘘だっ』

出迎えを了えてから、神崎与五郎が、真っ赤になって、怒っていた。

『高家の狸め。御当家に何かふくむ所があるに違いない。勅使のお附添に今訊いてみれば、精進日などとは、真っ赤な嘘だっ』

台所方にも、各※(二の字点、1-2-22)の詰所にも、それが伝わった。両家老は、ただもう、勅使の随臣でいっぱいに溢れた宿舎の混雑に、口やかましくばかりあって、目先の事に趁われていたが、心ある家臣のうちでは、そっと、主人の内匠頭の気色をながめて、その顔いろに、不快なものが現われないことを、祈っていた。

然し、内匠頭は、常と変らない明るい眉をもって、長途の勅使に、立派な挨拶をのべていた。