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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
あの老人が念じているのは、それだけの事なのだ。
『やり難いな』
丈八は、そう思う。
『どこまでも受身だ――』
いっそ、なぜ、内蔵助を暗殺してしまえと命じてくれないのだろうか。堀部、奥田、吉田、原、あのへんを討ってしまうことだって、こっちの気ぐみ一つでは至難とも思えない。そのほうが何れほどやりよいか知れないのにと、いつも彼は思う。
然し――
ままになる位置ならば、浅野大学の取立てられるように、内蔵助と共に手伝っても遣りたい――と云った千坂兵部のふかい奥行を考えると、
『成程なあ』
丈八は、いわゆる小身の臣と、大身の臣との相違を、はっきり自分にも感じて、さすがに、兵部ほどな人物は少いという世間の評に、外れはないと思った。
間もなく、丈八は、江戸表を去った。
彼が、山科の附近に、ちらと姿を見せ、すぐ影を隠くしたのは、その月の末頃であった。それから四日ほど措いて、大石内蔵助以下、潮田又之丞、中村勘助、中村清右衛門、進藤源四郎などの一行は帰ってきた。赤穂退散後、内蔵助が永住の地ときめたかのように、世間へ見せかけて買入れた山科の家に、ひとまず、旅装を解き、軈てそれぞれ、洛内の自分の住居に落着いたのであった。