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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

誰に聞いても知る者はなかった。辰造の関口作兵衛は狼狽して、その夕方、仕事場の帰り途に、丈八の言葉を思い出して毘沙門堂へ寄ってみた。

額堂の北の柱を見ると、釘の先で、「鵺を射る」と落書がしてある。――仰向いて、そこにある幾つもの絵馬を見ると、源三位頼政の図を描いた一つの額がある。踏台をさがして来て、手をのばしてみた。蝶に結んだ紙片がある、解いてみると、木村丈八の手蹟だ。

山科のお旦那、遽に赤穂表へ用ありげに出立、お供して参る。吉左右、後より。

十八尺

と書いてある。

『赤穂へ行ったのか……』

関口作兵衛はつぶやいて、額堂を降りて来た。もう宵闇の空に白い星のまたたいている頃だし、そう参詣人もない境内なので、気をゆるしていたので、彼はよけいに恟ッとした。若い浪人者が二人、じっと、此方の挙動を下で見ていたらしいのである。

すぐ――関口作兵衛の手は自分の口へ走った。掌の中に握っていた丈八の手紙を、噛みつぶそうとしたのだ、けれどその手が動くよりも迅く、浪人の一人が、

『此奴っ』

と、その腕頸をつかんだ。

出す気もなく関口作兵衛の体から武道の練磨が出てしまった。掴まれた腕頸をぐっと下げて、大きな気搏を与えると、浪人の体は、大地へ背をたたきつけていた。