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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『いやいや、彼の人なればふしぎはないし、又、腹も立たぬが……惣右衛門どの、御存じないか』
『御存じないかとは』
『大石大夫の近頃の乱行ぶりを』
『風のたよりには聞いておるが、まあ、よかろう。いずれはお互いに、朝顔の露の乾ぬ間に散る身と極っておる。大石殿も、男ざかり、二度と生れぬこの世とこの春を、ゆるりと眺めもし、味うておくもよし……それに又』
と、惣右衛門は、垣越しに、隣家の縁先をのぞきながら、そこの水瓶で手を洗った。
『――吉良、上杉の間者をたぶらかす為の、深慮もあってのことじゃろう。わしはそう見て、あじをおやり召さると、むしろ感服して居るが』
『所が――吾々なども、初めのうちこそ、仰せの如く大石殿を信じて居りましたが、近頃は、ちと、眉唾ものに思われて来たのです』
『どうして』
と、重く縁側へ腰をかけて、惣右衛門は、座敷の煙草盆をひきよせ、煙管を斜に持った。
五十六歳にしては若い。まだこの人には白髪がなかった。足軽頭を勤めていただけに、最も、若い者の肚をよく噛みわけてくれるし、又、自身も多分に若い気でいる惣右衛門であった。
『策や、気散じなれば、自らそこに分別もござろうに、いやはや、この頃の大石殿と来ては、少々、いや少々どころではない、まるで痴人の狂態でござる。