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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『…………』

内蔵助は、足にからんでいる絹夜具をのけて起き直った。

嬰児の夜泣きが、まだ時々する。

父として。

さむらいとして。

又、一個のただの人間として。

彼は、複雑な自分の身を、凝と、他人のように、噛みしめてみた。おもしろいと思う。実に、世の中は、又人間は、おもしろいと思う。何を今、悲しむことがあろう。――何もない。

人間と生れたればこそ、この複雑な生を味わうことができる。生れなかったらそれまでのことだ。生れ徳とも思えないことはない。

いやしむべき色廓だと人は云う。然し、彼には、少しも、そういう狭い癖潔は感じられなかった。

ここも世の中。みな、あたたかい人間たち。

生きているうちに感じられるもの、味わえるもの、娯しめるもの、たとえば、今の一瞬でも、あるがままに、在るところに、娯しむのに何の不自然――何の不徳。

『ただ……散り際じゃ……為すか、為さぬか』

それを思うと、ひしと肉が緊まる。

もし、為すことを為さずに終ったら、伏見がよいも、祇園遊蕩も、すべて、蕩児の極道事に帰するのだ。今日までのあらゆる事々、皆、虚偽と醜行の履歴でないものはなくなるのだ。