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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

いや、現世の大部分は、その方だと観て狂いはない。――まして、高家筆頭などという職名は、いわゆる位仆れ、見得仆れで、禄高は、気のどくな程、低いものである。ああでもしなければ、都会に住み、門戸も張り社交も人いちばい派手にして、暮してゆけるものではない。

ましてや、彼は、江戸の中央にあってこそ、その職権や、時折の式典などを利用して、ずいぶん荒稼ぎもしたり、また、間にも、零細な利殖まで心がけて、収入に汲々たるものはあるが、ひとたび自分が、領主として、その知行所たる郷里の三州横須賀や吉良地方などへ臨むときは、よく領民を愛し、治水開耕の公共事業に心をつかい、よい殿様であり、よい御領主と崇められることを楽しみとしているような好人物の半面もある者だという。

まさに、そこには、彼にも正しい人間がある。しかし、犬公方の膝下で、犬宰相や犬大名たちとつきあう時には、上野介も、犬高家となるに如くはなかった。それでなければ、彼がえがいているような家門の繁栄と生活は成り立たないからである。しかも、彼には人後に陥ちない狡才があり、高家の職能は、時により、老中も大名も、ちぢみ上がらすことのできる犬牙にもなるのだ。