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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『――眠とうなった。駕籠のうちで、うつらうつらとして来たが』
『お待ちあそばせ』
寝所へ立つ。
その間を、手枕に、まろび寝しながら、瞼をふさぐ。お軽の白い襟、つぶらな眼、その眼から、寧ろ求めるような姿態が、ちらちら映る。
『お床をのべました』
『お……』
お軽は、寝所へついてきた。――駕籠行燈は隅に遠く隔ててある。床の香炉には、いいつけない香が燻らしてあった。梅の花に香のにおいは似ていた。又、彼女のそこはかとない衣ずれの匂いにも紛らわしい。
『なにか、御用は』
去りがてに坐って云うのである。横からうける仄かな灯の影は、余りにも処女の線を濃く浮かしている。
『そう? ……』
と、暫く答えない。
内蔵助は、眼をふさいだ。少年のような血がどこかで鳴っている。なぜ自分を偽るかと、自分の心のうちで明滅する慾情のはためきへ胸のうちで云っている。しかしお軽のあまりな可憐さを見ると、その将来の幸不幸を無視した盲目に迄はなりきれない彼であった。ほんのわずかな間であったが、永い惑いから、やっと切り脱けるような努力で、次に云った。
『そう……別にもう用事はない。そなたも、寝んだがよい』