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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『いま、まったく』
源吾は、素直に頷いてばかりいた。
『あの当時は、卑怯者の、人非人のと、笑ったものだが、今となってみると、大野九郎兵衛などという人物は、さすがに偉い』
『そうかな』
『藩外藩内のあの空気に捲き込まれないところが、人間の出来ている証拠だ。何でも、此頃では、嵯峨あたりに居って、小金を貸し、なかなか楽にやっておるそうじゃないか』
『とんと、噂も承知せぬ』
『妾などを持っておると云うぜ。――羨望の至りだ。そこへゆくと、俺などは、正直すぎた。この血判など、今見ると、洟をかんでしまいたくなる』
『ははは、ひどく又、お変りだの』
『変らずにいられるか。復讐となる以上は、家財も贅物と、二束三文に売り払い、それが尽きたとなっても、まだ吉良を討つなどという事は、何日の事だか、見当もつかない有様。……復讐をする前に、こっちが干乾になってしまう。そのくせ、内蔵助などは、あの豪奢ぶり、子供に、無心の手紙を、両三度持たせてやったが、返事もよこさん。自体、人を小馬鹿にしたやり口だ。――やはり大野九郎兵衛に随身して、後々の相談にでも乗ってもらえばよかったが、つい、赤穂城の席では武士道などをふり廻し、大野の面前で、下司根性の似而非武士などと罵ったので、今更、頭を下げても行けんしなあ……』