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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
小侍は、愴惶として、脇玄関から門の外へ駈けて行った。その様子では、たった今の事らしいのである。多門伝八郎は、自分の前にある折箱を忌々しげに横のほうへ押しやった。
――ふと手で触れた時気がついた事であった。折箱の上にかけてある包紙を見ると――
赤穂名産・さくら形
御焼塩 播州屋製
『はてな? ……赤穂……。尾張の浪人とか云ったが、赤穂塩の手土産とは? ……』
水引の下に添えてある手紙の文字のあざやかな筆蹟が、すぐ伝八郎の眼をつよく射た。――急いで裏を返してみると、
『おお!』
何とそれには、こう書いてあるのであった。
片岡源五右衛門。
彼の日の黄昏
遠い過去のようでもあり、つい昨日のような心地もするが、正しく指で繰ってみると、それは去年の春三月十四日の黄昏れの事であった。
田村右京太夫の邸で、即日切腹の上意をうけた浅野内匠頭が、あの夕闇の花の下で、
風さそう花よりもなお
我はまた
春の名残を
いかにとやせむ
万恨の辞世を口誦さんで、白装束を自刃の鮮血に染めて伏した夕べは。
『ああ、あの時だ……』
忘れもしない! 多門伝八郎は今も眼を閉じれば――瞼のうちにまざまざとその黄昏れを描く事ができる。