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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
を吐いたのは、おそらく、自分ひとりだけであったように思う。
それは重臣たちの――殊に吉良家とは浅くない関係にある柳沢吉保の心証を害したものとみえ、為に、
(多門、僭越なり、差控えを命じる)
と、夕刻まで、譴責をうけた程であった。
譴責は解かれたものの、あれ以来、幕閣の上司たちにとって、多門伝八郎の存在は、決して快いものでなかった。とかくに不首尾つづきが生じた。いまの世相を醸している幕閣自体の空気が、彼の剛骨を容れないものである上に、彼の清廉潔癖は、愈※(二の字点、1-2-22)彼の晩年を自らさびしいものにして行った。
――だが、伝八郎は、一度もそれを悔いた事はない。むしろ浮華一瞬の人生に麻酔している人々こそ愍れに思った。ただ嘆かれるのは、国家の蝕まれてゆく相だった。元禄の人間は、元禄を享楽して死んでゆく。生れて来た権利と云わせておいてもよい。――然しこの国家は永遠のものだ、今生きつつあるわれ等だけの生涯のものではない。しかも将軍家は、その司権を、至尊からおあずかりしているに過ぎない。建国以来のかがやきある皇土に、饐えた文化の黴を咲かせ、永遠の皇民に、われらの子孫に、亡国の禍根をのこして行っていいだろうか。