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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『何処へ』

安兵衛が、やや息をせいて云うと、

『其角の家に、きょうも運座があっての』

『待たれまいか』

『風流――風のまま、水のまま、何うなといいのだ』

『では恐れ入るが』

『越したばかりじゃ、何も、もてなし申さぬぞ』

『それ所ではない』

と坐って――

『貝賀、片岡の御両所は』

『出ておる』

『では、早速に申そう。大高』

『ふム?』

きらりと、うす痘痕の中に、大きな眸が光った。安兵衛は膝を進めて、たった今、荷田春満から聞き込んだ事をつぶさに告げて、

『どうだ! この筋は』

『真実かな』

『嘘言とは考えられぬ』

『よし、探ってみよう』

『貴公でなくては、この役はむずかしい。そう心得て、内蔵助殿へも告げずに、先へこちらへ来た。いつ行ってくれる』

『ちょうど支度のできている所。――すぐでも』

『そう俳諧師らしい姿よりは、京あたりの織物問屋とでも装ったほうが、先が心をゆるしはせぬか』

『ム、成程の……。すると、今日は早速に支度はととのわぬが』

『明日でも、遅くはあるまい。気どられては、一大事になる』

深川の高橋の畔に、山田宗の住居があった。川を裏庭へ取り入れて、閑雅な趣きを凝してある。数寄屋門に、四方庵の板額が仰がれ、門を入ると、奥まった植込から路地の苔が寂として、落葉の音しかしなかった。