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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
振りかえってみることが恐かった。吉良家の塀の下を遠く通りこして、両国河岸から、大川の漫々とした水が眸にうつると、初めてわれに返った気がした。
暫く、その辺りで、時をつぶしてから、彼は又、吉良邸の表門を横に注意しながら、松坂町の往来をあるいていた。
――と、一挺の塗駕籠が、そこの門を、何気なく出て行った。
五六人の徒士と、中小姓らしい者が二人。
至って、簡単な外出に見えるが、それから十間ほど隔てて、笠と合羽に身をくるんだ逞しい草鞋ばきの侍たちが約七名ほど、先へ行く塗駕籠を、絶えず警戒するように従いてゆくのが見える。
(あっ、もしや?)
直感に衝かれて、与五郎は、町の軒下をいそいで駈けた。
新大橋の畔までゆくと、更に、そこにも、一群の供の者が待っていて、初めて、人数を揃えて進んで行く。
(――上野介だ!)
もう疑う余地はない。
塗駕籠はやがて、上杉家の裏門へ着いた。樹蔭から凝と見ていると、山繭のような白髪の総髪と小袖の葵の紋が――ちらと――一瞬ではあったが、確かにチラと与五郎の眼にとまった。
(そうだ)
彼は、泥を浴びて、石町へ走った。
内蔵助にそれを報告しておく。