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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

刃傷! 刃傷! と熱い呼吸をして云う人々の呟きが、耳のそばを、走り乱れた。

見ると――桜の間の板縁と、松の間の角と、大廊下の二所に、昂奮で硬ばった人々の顔が押し合って居て、その両方から異様な声が聞えてくる。

多門伝八郎は、松の間の方へ走った。梶川与三兵衛の膝の下に、鬢が乱れて、烏帽子の紐も外れた顔を、無残に、捻じ伏せられている内匠頭の血に充ちた耳が、彼の眼へ、飛びこんでくるように映った。

『梶川っ、大紋の式服へ、何事だっ、無礼であろうっ』

伝八郎の手は思わず与三兵衛の肩を強く突いた。

はっと吾れに回ったのである。梶川与三兵衛は、余りに昂奮していた自分の手荒な処置に気がついたらしく、内匠頭の手を放した。

すぐ、内匠頭は起き直って、烏帽子の紐を結び直した。肩が大きな波を打っている。然し、たった今、熱魂の一声に、柳営を覆えすような大騒動を起したその人とは思えぬような沈着な態度で、

『お目付か』

と、云った。

『溜の間の多門伝八郎でござる。お沙汰の下る迄、あれにお控え下さい』

『お扱い、かたじけない』

お坊主の関久和のすがたを見て、血刀を渡し、空鞘の口から笄を抜いて、鬢の毛を撫であげた。