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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
誰か云うと、側にいた小野寺十内が、
『――抜かったり! 近隣の誼みとあって、土屋、牧野、本田家などの人数に立ち騒がれては、事が面倒』
老人はすぐ駈け出して行った。六十歳とは見えない身の軽さで、雪を楽しんでいるかのように迅い足幅である。
『御隣家へ物申すっ』
塀際の下で、もう十内老人の声がひびいていた。声もさむらいの鍛えて置くべきたしなみの一つであると、何かの武道書に見えていた。黄いろい声や、弱々しい細声では、戦場に出て名乗りや何か物を敵へいう場合、威風にかかわるからだという。
堀部弥兵衛老人と、この十内老人の声の大きいことは、平常でもよく話題になる程のものだった。若い者はそれを、十内老の太鼓声と云っていた。
『――御隣家へ物申すっ』
と、十内はその太鼓声のことばをかさねて、
『これは、浅野内匠頭が旧臣共でござる。折ふしお寝みの刻限をも憚らず、突然の騒動、さだめしお驚きも候わんが、亡君内匠頭が仇をすすがん為に吉良殿まで推参いたしたのでござる。さむらいの道は相身互と申す。外れ矢は知らず、当方は他家へ対し奉っては何等の害意もござらぬ者、構えてお手出し下さるな。