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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
そこへ、則地も来て、
『風呂が沸きましたが、どなたも、お望みの方は、お入りくださいますよう』
一同は、顔を見あわせた。期待していなかったこの歓待なので、そういう言葉だけでも、胸がいっぱいになるのだった。
内蔵助はみんなに代って、
『ありがとうござります。然し、こうして居っても、いつ何時、吉良家、上杉家のお手勢が襲せて参らぬ限りもない故、なかなかまだ、風呂どころではござりませぬ』
と辞退した。
案の定、泉岳寺附近の者から、市中では今にも、ここへ上杉勢が斬り込んで来るとうわさして、大変な騒ぎだという事を告げて来た者がある。
(二百人ほどの侍が、もう、桜田の上杉邸から出て行った)
とか、
(札ノ辻あたりに、十人、二十人ずつ、偵察に立ち廻っている隊がある)
とか、又、
(吉良の家来らしいのが、高輪の浜へ、三十人ほど上った)
などという情報めかしい偽聞が、次々に、この寺内へ響いて来た。
ゆうべの働きに、まだ足らない気のしている若手の面々は、
『待っている! さあ、いつでも御座れ』
刀を検べ、腹巻を締め直し、草鞋の緒まで気を配っていた。
いきまく人達を眺めて、主税は云った。