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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『何よりの御好物なれば、大石殿から先へ参らせましょう』

と内蔵助へ取次いだ。

暫くの間、ゆるい紫煙が、二間のうちに流れた。早水藤左衛門が、ふと、

『御修築はもうおすみでござるか、大工の鑿の音が昨日から聞えませぬが』

すると、伝右衛門は何か云いかけたが、ふと、口をつぐんでから、その後で云った。

『初春早々、あちらの役者の間へお移りができまする。ここは暗うござるが、あちらの御座敷なれば、庭も見え、空も見え、幾分かお気が晴れましょう』

その年は暮れた。

初暦のうえに、元禄十六年の初春がもう二日、三日と数えられてゆく。

すっかり修築した新しい役者の間へ、一同は移された。

(海が見える)

(雲が見える)

と、童心のように、そこの眺望をみな欣んだ。

手紙を書けば、伝右衛門が帰宅の毎に、何処へも取次いでくれたし、返辞も持って来てくれた。市中の風聞なども居ながらに皆知った。それにつけても内蔵助は、こうしている間の冥加を惧れた。殊に、他藩に預けになっている若い人々と、子息の主税の身を案じた。どんな苛酷な扱いを受けているかという心配ではない。安逸すぎる日に馴れることを――討入前の心に変化の来ることを惧れるのだった。