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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
あのまま山科で気楽に山水を楽しんでいたら、と云う気持も多分にあったのだ。そういう人間なのに間違いはないのだ。――だが、ただわしの血液の中に、思っても、それを刎ね返して、士道の心に立ち回る強いものがあっただけの事だ。それはわしが偉いからではない。祖父が偉かったからである、父が偉かったからである。人間の人格などというものは、自己一代で出来たものではない。少くも、祖父、父、自分三代の年代がかかって出来るものと思う。それを自分と呼ぶのは、僭越すぎる、仮に血液と云っておこう。その血液を、わしは多少修養に研けた。目的の道を誤たずに、ここまで来た力はその修養の力だった。それとて、わしの才分とは誇れない。山鹿素行先生を初め、その他、先人の教えを踏んで来ただけなのだ。……それを、世間は余りに大きく買い被り過ぎる。しかし、ここまで世の中から買われれば、自分もその期待を裏切ってはならない。天下の人心の大部分は、自分の助命されることを熱願しているらしいが、その衆望に対して、期待を裏切るまいと思えば、今! 少しも早く、衆人の期待を見事裏切ってしまわなければならない)
――こう内蔵助は、考えるのであった。