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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
支度がよいとある。ふと広間の方をながめやると、ああこんな眺めがあろうか。白と浅黄の死に装束が、ずらりと十七名、すずやかに庭へ向って居並んでいるのだ。伝右衛門の熱い眼からそれを見ると、そうしていと爽かに平然と並んでいる人間の神経が不思議にすら見えた。
――と、その人達も、彼の姿に気づいたらしく、ちら、ちらと幾人もの眼が、眼でこの世の別れを告げている。春日の和らかい光を眼元にとって、微笑をたたえて見せる眼さえある。――それへ答えようとして、伝右衛門の眼は思わず、不覚なものをぽろぽろとこぼしてしまった。
――と、誰か、その中の者が、
『伝右どの、今日は別して、御馳走になりましたが、まだ煙草が出ませぬな』
と云った。
『ああ、唯今すぐ』
死なぬ者が、かえって上わ逆っているのだ。細川家の人々は皆、足を浮かしていた。あわてて煙草盆をそこへ運んで行った日頃なじみの小坊主は、
『よい人になれよ』
と、原惣右衛門に頭を撫でられて、泣き泣き戻って来た。
料紙、硯が与えられる。――辞世の筆。然し、書く者もあり、書かぬ者もある。
その間に、伝右衛門は、やっと人々と短い言葉を交した。